2013年4月18日木曜日



子どもを育てるだけではなく、親子関係の修復が目標



‐ 親子関係を修復するために、どのようなことが必要だと考えられたのですか。

山口先生:
  親を施設に泊めたいと考えました。
  幼稚園の女の子が、お母さんが面会に来て夕方4時ぐらいに帰っていくんですが、
  帰りに必ず「お母さん帰らないで」って泣くんです。
  お母さんが帰ってしまった後にその子どもがどうなるかというと、
  ずっと泣いて夕飯も食べない、夜も泣き寝入りするわけです。
  
  こんなことを繰り返すのは、子どものためにならないのではないかと思いました。
  菅原さんのところでいろいろ教わって、子どもがそのような状態になったら、
  親御さんに泊まってもらえばいいのではないかと考えました。

  親が帰ってしまって泣いている子どもは、
  「お母さんとお風呂に入りたい、お母さんのおっぱいに触りたい、
  一緒に寝たい、一緒におやつを食べたい、一緒に幼稚園に行きたい」と言うわけです。
  これは、言ってみれば、ごく普通の親子の生活をしたいということですよね。
  しかし、施設に入ってしまえば、私たち職員がそれらのことをやるわけですから、
  親の役割を奪っているんですね。
  子どもの世話をすることで、お母さんはお母さんになっていくという
  側面もあるわけですから、親の役割を奪っておいてお母さんになりなさいというのは、
  どう考えても理不尽だろうと思いました。




家族の再統合のために児童養護施設ができること


  でも、当時は施設に親を泊めるという発想は全くなく、
そのときの施設長には
  受け入れられませんでした。しかし、都立施設の施設長は数年の任期ですから、
  施設長が変わった時に強引にやってしまいました。

‐ お子さんや親御さんは、どのような反応でしたか。

山口先生:
  お母さんに、施設で子どもと一緒に夕飯を食べて、お風呂に入って、寝て、
  朝には幼稚園までその子を送るということをしてもらいました。
  そうしたら、今まで泣き寝入りをして、翌日の午後にならないと
  立ち直れなかったような子どもが、「また来てね」と言ってお母さんと別れて、
  とてもエネルギッシュになりました。
  「あ、これだ!」と思って、それを制度に入れようと思いました。

‐ 今、愛児園でもそのようなことをやっているんですか?

山口先生:
  いえ、やろうと思ったのですが、ここでは部屋がなくてできなかったのです。
  ですから新しい所ではそのための部屋を3室用意します。
  (※愛児園は、今年の後半に施設移転を予定している。)



‐ 児童養護施設における支援の方針は、親子関係を修復し、子どもを家庭に戻すことなのでしょうか。

山口先生:
  そうですね。
  施設の子どもの母親、父親には、子どもを施設に預けているなんて自分はダメな親だ、
  という気持ちが前提としてありますので、
  親としての誇りを取り戻してもらう機能を持ちたいと考えています。
  家庭療法事業といっています。
  具体的には、施設内で、数日間、親子の時間が過ごせるようにするのです。


  今行われている面会は、お母さんがお弁当やおやつ買ってきて食べることしかありません。
  後は、イベントに出かけたり、その帰りにファミレスで食事をしたりします。
  でもそれは、普通の生活ではないですよね。
  それを繰り返していくと、母親は「特別なイベントに連れて行ってくれる人」、
  「美味しいもの食べさせてくれる人」
  になってしまい、それが子どもにとっての「家庭」になってしまいます。
  でもそれは違いますよね。彼らが親になるときのモデルになりません。

  ですから、短い時間でも、親子が普通の生活をしてもらう空間を作ります。
  そこでは、親子が一緒にスーパーで買い物をして料理して食べたり、
  お風呂に入ったり、洗濯物を畳んだり、という普通の生活をします。
  お母さんは、子どものために自分はちゃんとやっている、と自信を取り戻し、
  子どもは、ネグレクトで何もしてくれなかったお母さんが
  自分のためにご飯を作ってくれる、と感じます。
  否定的な内部モデルが変わりますと、行動自体も変わってきます。

‐ 新しい施設では、そういったことができるようになりますよね。

山口先生:
  はい、そうですね。
  施設には入ってしまったけれど、定期的にお母さんと良い関係が築けることで、
  子どもは愛児園に来てよかったと思えるようになります。
  否定的な感情が肯定的なものに変わっていきます。
  
  施設の子どもにとっては、施設に来てよかったと思えることが、
  普通の子どもと同じように、自分は生まれてきてよかったという
  「自己肯定」につながっていくのだと思っています。
  
  そうした「自己肯定感」がベースとなって、人間社会の共通の倫理である
  「強いものも弱いものも助け合いながら生きていく」
  という価値観が人格の中に入っていくことで、できれば、
  弱いものを助けて生きていく人になってほしいと願っています。

  こういう考え方は、すぐには分からないでしょうけれど、彼らが結婚したとき
  自分の子どもを自分で育てるようになってくれればいいと思いますし、
  税金を払えるような仕事についてくれればいいと思います。
  トータルで考えたときに、あの施設があったからよかったと、
  感じてくれたらいいな、と思っています。





【インタビューを終えて】

  先生が亡くなった子どもの遺書を手渡してくださった時、私は言葉を失いました。
  その遺書は、ワードで打ってあったのですが、実物は手書きだったそうです。
  手書きの遺書を手元に置いておくのはあまりに辛く、
  しかし、そこに書かれている内容や、その子どもの想いを忘れてはいけないと思い、
  先生ご自身でタイピングして書き写されたそうです。
  その子どもの言葉ひとつひとつをワードでなぞっていく作業は、
  想像を絶するようなつらいことだったのだろうと思います。

  児童養護施設の現状では、職員1名あたり子ども10名のケアをしなければなりません。
  その現状に対し、子どもが心の傷を癒すためにもっと手厚いケアが必要だと訴えてきました。
  しかし違った視点で考えると、先生方も、
  もっと1人1人と深く関わりたい、十分なケアをしてあげたいという想いがおありでも、
  それができる状況でなく、苦しい想いをされているのだろうと想像されます。

  Living in Peaceの活動は、子どもを支援だけでなく、
  職員の先生方が子どもへの想いを第一に働ける環境作りのサポートも
  担っているのかもしれない、と、このインタビューを通じて、気付かされました。

  山口先生は、壮絶な経験からご自身の信念を得て、
  「子どものためになることならばなんでもやってみたい」と革新的な試みを続けてこられました。

  11月に新設される筑波愛児園には、
  先生が考えてこられた親子関係修復のための取り組みができる施設も加わります。
  これからの新しい愛児園の取り組みを見ていくことが、私自身もとても楽しみになりました。

  先生もおっしゃっていましたが、子どもが施設にやってくること自体は残念なことです。
  それでも愛児園で自己肯定感を取り戻したり、親子関係を修復し、
  ここに来てよかったと思いながら出て行ってもらえるような施設になったらいいなと思いますし、
  私たちも微力ながら引き続きその活動を応援したいと思いました。

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●児童養護施設の支援をするための寄付はこちら。
http://www.living-in-peace.org/chancemaker/

“子どもの貧困”の現状と今後を考える「Chance Maker Hour」のご案内

私たちLiving in Peaceは、機会の平等を通じて、貧困の削減を目指す事業を運営する認定NPOです。この度、これまでに私たちが知りえた問題の現状と問題解決の仕組み、そしてその今後についてお話する機会「Chance Maker(チャンスメーカー) アワー」を企画しました。

Chance Maker(チャンスメーカー) アワー」では、いわゆる“子どもの貧困”の実態を踏まえたうえで、児童養護施設の現状や、私たちLIP教育プロジェクトが運営している事業内容、パートタイムNPO(他に本業を持つメンバーで運営されるNPO)の具体的な活動、所属メンバーがLIPに入ったきっかけ等についてお話させていただきます。

【こんな方の参加をお待ちしております】
“子どもの貧困”に関心のある方
児童養護施設の現状に興味のある方
パートタイムNPOの活動に興味のある方
Living in Peaceの活動への参加に興味のある方
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上記以外についても、少人数の会であることを活かし、当日はみなさまとの質疑応答の時間を多く設けていますので、なんでも質問してみてください。

<開催概要>
◆日時:8月16日15:20-16:50 (受付開始時間:15:10)
 ※会場の都合上、受付開始時間後にお越しください。
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