2013年2月24日日曜日


(編集担当より)

みなさま、突然ですが、今月の上旬に美人の奥様と新婚旅行を満喫してきた、理事の飯田から記事が届きました。・・・しかし、この妙にユルい雰囲気は、どうしたものでしょう。ご丁寧に、私が選ぶベスト3!、とかなんとかも始めて下さっています。ノリノリなのは、よく分かりました。幸せなのも、よく分かります。でもシリーズ化にはしないでね☆ ・・・なんか扱いに困るなぁ。


こんにちは。LIPのリア充担当、飯田です。

先週、すこし長めのお休みをいただいて、
妻のYとふたりで旅行に行ってきました。
Yはわりと後期の妊婦さんですので、
「あまり遠くにはいけないね」ということで、沖縄を旅してまいりました。

前半は竹富島を根城に離島巡り、
後半は沖縄本島の那覇周辺で過ごしました。

2月の沖縄は、
東京よりだいぶ暖かいとはいえ
曇り空の冴えない天気が一般的なのですが、
私たちが訪問した期間は総じて好天に恵まれました。
特に竹富島では、まる2日間ピーカンの晴天を満喫することができました。

日中のぽかぽか陽気の気持ちよさはもちろん、
夜の満点の星空は言葉にならないほどの美しさでした。


今回の旅で特に印象に残ったことを挙げるなら、
それは沖縄の民謡です。

宿泊先のホテルでは、
歌い手の方が三線の生演奏で
歌声を披露してくれる催しが毎日ありました。

また、観光スポットでは
ガイドのおじさんが
三線を取り出して朗々と歌いだす場面もありました。

そうこうするうちに
メロディが脳に刻み込まれて
すっかり沖縄民謡のファンになりました。

そこで、
にわかファンの私が選ぶ沖縄民謡ベスト3
をここに発表したいと思います。

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第3位 てぃんさぐぬ花

この曲をちゃんと通しで聴けたのは一度だけで曲の名前も分からなかったのですが、切ないメロディが心に残りました。
沖縄民謡は歌詞の意味をたいてい理解できないのですが、不思議に情景が思い浮かびます。
この歌からは、さびしさや悲しさを感じます。


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第2位 涙そうそう

この曲は、どこにいても本当によく耳にしました。特に、夏川りみさんが歌うバージョン。
夏川さんは石垣島の出身だそうですが、離島ならではのゆったりとした時の流れと特にマッチしているとおもいます。
とても穏やかな優しい気持ちになれます。


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第1位 安里屋ユンタ

竹富島の歌ということで、よく耳にしたこちら。繰り返し聴くうちにすっかりはまってしまった。

この歌には、安里屋クヤマという実在のモデルがいます。
18世紀の琉球王朝の統治時代の人で、
竹富の集落には彼女の生家が今もちゃんと残っています。
沖縄から派遣されてきた役人が、
美人で評判のクヤマに惚れて結婚を申し込んだが、あえなく振られた。
という(どうでもよい)エピソードを歌にしたのが、
安里屋ユンタなのだそうです。島の人々も残酷なものです。
自分の失恋を後世に歌い継がれた男性に、私ははげしく同情します。

ちなみにユンタというのは労働歌という意味で、グループで農作業をしながら声をあわせて歌ったそうです。
「サーユイユイ」という合いの手がいかにも農作業らしく、素朴な美しさがあふれています。



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いかがでしたでしょうか。
みなさんも、よかったら聴いてみてください。


2013年2月22日金曜日

(編集担当より)

みなさま、第一回目の書評リレーの最後は、ロンドンで暮らす関口から届きました。ロンドンはきっと東京よりもずっと寒いのでしょう。その中で書かれたこの芯の強い書評ときたら・・・と、ひとり感慨にふけりつつ当地の天気情報を見てみると、・・・今年の東京は良い勝負です。いさぎよく負けて欲しいものですね。。
さて、今回の書評でとりわけ印象的だったのは、取り上げられた本のタイトルです。力強く、鋭く、そして優しさのあるこの言葉のひびきが、日本の書店でも、多くのひとに届くといいなと、つい思わずにいられませんでした。


何かの問題に取り組もうと持った時、まずはその問題を様々な視点から理解することがとても大事だと思います。

私たちがパートタイムNPOという形で、児童養護施設で生活する子どもたちをサポートしたいと思った時、私たちの視点は比較的第三者的なものであることが多いはずです。

それは、問題を客観的な視点から見るという意味では良いのですが、そこに圧倒的に欠けているのは、当事者である子どもたちや現場で子どもたちを支える職員の方々の視点です。

というわけで、私がはじめて教育プロジェク'トの活動に関心を持った友人に、まずはこれをとご紹介したいのは、そんな問題の当事者たちの視点に少しでも近づくことを助けてくれる本です。

児童虐待をされた経験を超えて


Christiane Sanderson, The Warrior Within: A One in Four Handbook to Aid Recovery from Sexual Violence, One in Four, 2010

この本は、虐待の被害者が過去の経験を乗り越えるための助けとなるように書かれたハンドブックです。'The Warrior Within'というタイトルには、過酷な経験を生き抜いたあなたの中には、ものすごい強さが隠されている。その強さがこれまであなたを守ってきたし、これからの回復をも支えていってくれる・・・。そんな意味が込められています。

ちなみに、この本の著者は、ドイツの児童養護施設で育ち、イギリス人の家庭に養子として引き取られ、現在はカウンセラーとして特に性的虐待の被害者を対象にしたセラピーを行っています。

虐待という経験には、それを実際にくぐり抜けた人にしかわからないことがたくさんあると思います。それでも、少しでもそれはどういうものなのか、辛い過去を乗り越えて自分の人生を取り戻す道筋とは一体どんなものなのか、そんなことを教えてくれる本です。

児童虐待をしてしまった人を“許す”ということ


たとえば、許すということ。

自分に危害を加えた人や、その状況を知りながら助けてくれなかった周りの人のことを許すのか、許さないのか。今後自分がよりよい人生を生きていくために、その人たちとの関係をどうすることが一番よいのか。

著者は、自らの心を癒すために、相手を許すことが必ずしも必要なわけではない。自分にとって本当に必要だと思う選択肢を取ればいいが、虐待を止められなかった自分自身のことを許すこと忘れてはならない、と説きます。

著者のChristiane Sanderson。
彼女自身のHPでのこの本の紹介は、こちら

その他にも、
  • 街中にいても突然起こりうるフラッシュバックにどう対処するのか。そのための手段にはどんなものがあるのか。
  • 人間関係の築き方をどう学ぶのか。周りの人たちが当たり前に行っているコミュニケーションが、自分にとってはとてつもなく難しいとき、それをどうやって身につけるのか。
  • 突然襲ってくる不安感にどう向き合うのか。それをかき消すために、ついつい何かの行動を取らないと気が済まない。どうしたらいいのか。
等々、過去の経験を決してなかったことにはできないけれど、それを乗り越えて、自分の人生に対するコントロールを取り戻すことはできる。著者は、そんなたしかな希望を持たせてくれます。

自分の身近な人が虐待を経験していた場合に、どのようなことを知っておくべきかといった情報も含まれた、タイトル通りの「ハンドブック」です。

2013年2月17日日曜日


Living in Peace教育プロジェクトの上堀(かみほり)と申します。

今後このblogで、Living in Peace(以下LIP)教育プロジェクトの日々の活動や、活動を通じて感じていることをご紹介していきたいと思っています。


最初なので、少し自己紹介を。

私は1年10か月ほど前にLIPに入りました。2011年5月ごろです。もともとは「Chance Maker」の寄付者でしたが、震災をきっかけにお金を出すだけでなく自分も何か動きたいという気持ちが大きくなり、メンバーになりました。本業は、食品流通系の会社で、広報の仕事をやっています。


Living in Peaceで開催される飲み会


さて、今日は、先日教育PJで開催した飲み会の話題を。

1月中旬のことなので、少し前の話になります。写真はそのときのものです。手前のテーブルは男性だけで、なんだか男臭いですねぇ…苦笑。この日はたまたま女性の参加が少なかったのですが、活動メンバーの実際の男女比は半々くらいです。





この日は「壮行会」として3人のメンバーを送り出しました。

1人目は、まだ「Chance Maker」という寄付プログラムさえなかったときから活動していたY子さん。
教育PJの活動の基礎を作ってくれた功労者の1人ですが、ご結婚&出産を機に、活動メンバーを外れることになりました。


2人目は、本業が弁護士のTさん(男性)。
これまで法律関連のことを一手に引き受けてくれていて、認定NPO取得の際にも大活躍してくれたメンバーです。
激務で活動の時間が取れないことから、いったん休会されることになりました。出会ったときは爽やかイケメンでしたが、久しぶりに会ったTさんは激務の影響か、少しばかり年齢より老けた印象になっていました。笑。


3人目は、最近入会されたSさん(男性)。
歓迎会もされないままに、壮行会で送り出されるという珍しい事態になりました。というのも、「期待の新人!」と、メンバーが鼻息荒く迎え入れたところで、いきなりの海外赴任の辞令!LIPは、皆、本業を持つ身なので、稀にこういうこともあるんです。Sさんは数日前に渡英され、イギリスからのリモートの活動を検討中です。

完全パートタイムNPO

LIPは「完全パートタイムNPO」で、全員が本業(仕事、学業)を持ちながら活動しています。LIPを仕事にしているメンバーは1人もいません。そのため、コミットメントのレベルは様々です。

本業にプラスして大学院に通うメンバーや家庭があるメンバーもいますし、本業の繁忙期も様々です。私も夫が1人います。Sさんのように、MTGには参加できないけれど、リモートで限られたタスクに携わるメンバーもいます。このブログで記事を書いている関口もロンドンにいます。

Y子さん、Tさんのように、一定期間LIPに在籍して、大きな貢献をして、それぞれの事情で活動から離れていく人もいます。


私は、LIPの活動を始めるまで、社会貢献活動・NPOをやる人は、もっと肩肘張ってやっているんだと思っていました。一度活動に参加したら、寝食を忘れてやる、一生やる、それくらいの覚悟がないと始めてはいけないものなのかと思っていて、

そういう“ガチな”人たちが集まっているのかなぁと想像したりしていました。

なので、最初、MTGを見学しに行くときは、かなりドキドキしました。
「中途半端な気持ちで来ないでください」とか、言われないかな…と思ったりして。

ですが、実際にはそうではありませんでした。

LIPでの活動は、もっとフレキシビリティがあって、いろいろな関わり方を認める雰囲気があります。仕事をしていれば、想定外に本業が忙しくなるようなこともありますが、そのときには、その人が「白旗」を上げれば、周りがサポートするようになっています。

関わるきっかけも様々で、「児童養護施設」とか「子どもの貧困」にもともと関心があった人もいますし、本業のスキルを活かしたいという人もいます。私のように、漠然と「何かしたい」という想いで、ここに集まってくる人もいます。

もちろん、寄付金をいただき、子どもたちのために活動している以上、タスクを中途半端に放り投げるようなことは許されませんし、LIPの事業を前に進めていく責任は、皆、重く感じています。

そんな、「フレキシブルさ」「厳しさ」、両方を持ち合わせているのが、LIPの雰囲気の特徴だと私は思っています。語弊があるといやですが、サークルみたいな楽しさがあります。大学の友人でもない、会社の同僚でもない、ただの友達とも違う、社会人になって出会う特別な”仲間”です。でも、仕事をしているときと同じくらい、緊張感や責任感を持ってタスクにあたってもいます。

もちろん、組織としてダメダメなところもいっぱいあり、まだまだ頑張らないといけないことはいっぱいありますが、そのあたりのことはまた別の機会に書きたいと思います。

ソーシャルアクションの意義


代表の慎の言葉に
「1人の100の行動より、100人の1つずつの行動によって、
世の中はゆっくりとでも確実に変わってゆく」

というものがあります。

私は、すごくこの言葉が好きなんです。

1人では大きなことはできない自分でも、何かを動かす力になれるかもしれないという勇気が沸きますし、周りのメンバーを信じる力にもなります。

Y子さんとTさんの顔を見ながら、これまでLIPの活動に関わってきたたくさんのメンバーの貢献があって今のLIPがあるんだなぁと実感し、改めてメンバーのみんなに感謝した飲み会なのでした。

2013年2月16日土曜日

(編集担当より)

みなさま、前回の板津につづき、「”問題”に出会う」と題しました書評リレーをお送りします。今回は、代表の慎の執筆です。
さて、このリレー・テーマについては前回の冒頭でご説明しましたが、じつはその依頼のさい、ひとつ付け加えたことがあります。それは各担当者が、身近で顔の見える友人・知人に手渡したい書籍を選んでほしい、ということでした。ですので、はじめて当ブログにいらして書評をご覧になった方々が、それでは、と気軽に書店や図書館などで、ご紹介の本や関連書籍を手にされるなら、それこそ望外の幸せです。そのため、もちろん気合いも入いります。しかし執筆は私ではありません。だから毎回、この前口上で一人盛り上がり・・・、そして空振りを繰り返すのです。(つづく)


 私からの書評第一弾はこちらです。
(ブルース・D・ベリー、マイア・サラヴィッツ共著、紀伊國屋書店、2010)。
この本は、精神科医である著者が子供との邂逅を通じて学んだことを、自身の専門的見地から綴ったものです。1章から10章までは、著者が出会ってきた子どもたちのエピソードとそこからの学び、最終章である11章は、著者が児童虐待をめぐる社会の状況についての意見が述べられています。筆舌に尽くし難いひどい虐待の描写にも関わらず、全体的に温かみのある文になっているのは、著者の子どもたちへの眼差しが反映されているためかもしれません。

本書は、虐待を受けた青少年と活動する多くの人々に多くの貴重な洞察を与えてくれると思います。それらは以下のように要約されます。

脳は、その発達の殆どを3歳までに終える。この時期に愛情を受けずに育つと、脳は多くの障害をもつようになり、その克服は年齢が高くなるほどに困難になる

本書は、死への直面、ネグレクト、暴力、レイプなどが子どもの心に及ぼす深刻な影響を様々な事例とともに記録しています。3歳になる頃には、子どもの脳の大きさは成人の85%にもなっているそうです。子どもの脳は急速に発達するため、様々なことを学んでいくことができますが、同様にひどい経験の影響も受けやすくなります。子どもの頃に受けた恐ろしい経験は、一生離れないトラウマに結びつきやすくなります。トラウマとまでいかなくても、何かが苦手な人は、子供のころに何らかの関連した経験をしている場合が多いそうです。本書には、非常に利己的な犯罪者になってしまった少年が登場します。彼も、決して生来の犯罪者だったわけではなく、子どもの頃の厳しいネグレクト(排泄の世話さえもちゃんとされていなかった)がその原因だったのではないかと著者は考えます。
(写真はブルース・D・ベリー。)
人間にはストレス耐性がありますが、それは日々の積み重ねによって徐々に強くなるものです。ストレス耐性がほとんどない子どもが非常に強いストレスに直面すると、自己防衛本能から様々な防衛行動をとることになります。抽象的思考などの人間の最も高度な知能部分を司る大脳皮質の活動は抑えられ、生存に必要な脳の中枢部分のみ機能するようになることなどがその一例です。こういった防衛行動は事件の一度で終わるものではなく、その後も、事件を彷彿とさせる出来事に直面する度に繰り返されます。失神してしまう(それによりストレスをシャットアウトする)、人との関わりを絶つ、自傷行為を行う(脳内麻薬を分泌させ、つらい思いから一時的に逃れる作用をもたす場合がある)、薬物にはしる、など、様々なパターンがあります。

愛情が子どものこころを癒し自己肯定感を付与する


子どもが立ち直るためには、ストレスに対して反応するための脳のシステムを鍛える必要があります。なんてことを言うと非常に難しそうですが、やるべきことは非常にシンプルで、子どもに愛情を注ぐこと、の一つに尽きます。本書に登場する傷ついた子どもたちのうち、立ち直れた子どもたちの共通点は、親や親代わりの人々が深い愛情をもってその子どもに接していることにあると著者は指摘します。特に、愛情とともに行われる抱擁などのスキンシップは、子どものこころを回復させるために大きな役割を果たしているそうです。
 
逆もまたしかりです。1940年代のある研究では、個別に注意を払って育てられなかった子どもの3分の1が二歳までに亡くなっていることを示しているそうです。また、幼少期に感情的な触れ合いや身体的なスキンシップを得られなかった人でない限り、極端な犯罪者になる場合は少ないと著者は指摘します。のみならず、問題のある子が、同様に問題のある人と過ごすことは、問題行動をエスカレートさせる傾向があると著者は指摘しています。
(写真はマイア・サラヴィッツ)
著者は、虐待された子どもたちに最も必要なのは、幼少期のトラウマに起因する痛み、つらさ、喪失感を和らげてくれるコミュニティの存在だと説きます。トラウマから回復した子どもたちの周りには必ず、気にかけてくれる教師や、近所の人や、おばさんや、バスの運転手など、支えてくれる大人の存在があったというのです。コミュニティの存在は、愛情をもって接してくれる大人に出会う可能性を高めてくれます。難しいことは、児童虐待を受ける子供が、そのようなコミュニティの中に暮らす場合が少ないことです(それゆえに虐待が起こるという側面もある)。
 
経済発展とコミュニティの強さは反比例することがあるようです。ですが、人間が本来どのような生物なのかを考えるのであれば、よりコミュニティの力を強くするための政策が必要なのではないかと著者は説きます。

子どもの人格は様々な要素で決まる


脳は、気質(遺伝と子宮内環境に左右される)、幼児期の経験のみならず、偶然にも左右される様々な決断の積み重ねによって出来ています。ちょっとしたときに「善いこと」をするかしないか、の僅かな決断が、異なったフィードバックをもたらし、異なった結果を積み重ねることになります。

知能も重要な要素となります。情報を素早く処理する能力を知能と呼ぶのであれば、これは遺伝の影響を受けるものです。頭のよい子どもは対処能力が高いため、愛情を受けられなかった場合においても絶望的な状況から逃れられる可能性が高まります。もちろん、知能さえあれば正しい道を進める、というわけではないのですが。

本書の続編である、
(ブルース・D・ベリー、マイア・サラヴィッツ共著、紀伊國屋書店、2012)。

誤った知識に基づいた善意は状況を悪化させる


本書の第七章では、子供に過去のトラウマを無理矢理に語らせることにより、症状がさらに悪化することがある事例が紹介されています。人それぞれ、トラウマに対するシステムを無意識のうちにつくりあげていて、そのあり方は人と場合によって異なり、同様に望ましい治療の仕方も人によって異なるのです。
 
無知な善意は時に害悪にも成りえます。改めて、自己肯定感を失ってしまった子どもたちのために活動をするのであれば、相応の知識が必要なのだと痛感させられました。
 
念のためですが、これは決して無知な人はこの領域に関わってはいけないということではありません。そうではなく、問題に対して真摯に向き合うのであれば、他の分野において私たちがしているように、学ぶことが大切だということを主張したいのです。そういったこともあり、私たちは初期においては特に頻繁に勉強会を開き、このブログにおいても書評を書いているのです。

2013年2月9日土曜日


編集担当より

みなさま、連載書評リレーの第1回目をお届けします。
今回、各書評者に依頼しましたのは、わたしたち教育プロジェクトが取り組む問題について、その本質を
もっとも正しく鋭く読者に伝えられる書籍を、思い思いに挙げて紹介するということでした。
初回を担当するのは、すでに前々回にご紹介の板津です。彼はどういった切り口を見せてくれるでしょうか。


『凍りついた瞳』(集英社) 
作・ささやななえ 原作・椎名篤子

「泣いている子どもの首筋に包丁をあてがうと落ち着くんです」
「ベランダの手すりの上に持ち上げて、今手を放したら楽になるだろうか、といつも考えている」

そう話している母親がいるという話を聞いたのは、知り合いの保育士さんからだった。

五年前のちょうど今頃、公民館に勤めていた私は、乳幼児を持つお母さん向けの講座を
実施する直前だった。恒例の人気講座で、募集は既に終了していたのだが、彼女に参加
してもらうことにした。初めて会った時の彼女の印象は、”消え入りそうに大人しい人”。
笑う姿も力なく見えたのを良く覚えている。

さて、最初の書評は、マンガである。
この本は椎名篤子さんの著作『親になるほど難しいことはない』を原作にした、
子ども虐待のドキュメンタリーだ。内容は事実を元にしたフィクションで、保健士、
児童相談所の職員、医師、病院のケースワーカーなど、主に「外部」の人たちの
視点から構成されたストーリーが一話読みきりで描かれている。
そして、収録されている内容は壮絶だ。

虐待を受けた子どもの姿、その現実は、直視に耐えない。ただそれだけでも強烈な
印象を残す本作だが、実は悲惨さの正体はその影にある。”責めるべき誰か”への
焦点がずれる様を描いているのだ。もちろん、虐待する親が悪い。当たり前だ。
では、親を責める。問題は解決しない。悪者探しは人の常だ。だが孤立した環境の
中で子育てのストレスにさらされ続ける母親を、誰が責めることができるだろうか?
無条件に守られなければならない者たちの傷ついた姿の向こうに、その怒りを向ける
矛先が見えない。これは、想像以上に苦しい。助けたいという思いを持つ人たちの
人知らぬ葛藤を、しっかりと描いている本作は稀有だ。

無駄な脚色を排し、ストーリーは淡々と進む。下手に演出しない分、読み進めるのは
非常に辛い経験だ。かといって、希望がどこにもないわけではもちろんない。共感と
力が合わされば解決が前進する。そう信じさせてくれるのも、作家の力だと思う。
また、この本は解決に至らなかったストーリーを前半に、解決の糸口を見出せた
ストーリーを後半に配置している。このような配慮が有難い。

五年前に出会ったお母さんと子どもは、保育士さんたちの計らいで講座に暖かく
迎え入れられた。全十五回、期間にして四ヶ月の長丁場だったが、周囲の協力もあり、
彼女は休まず参加し続けた。最終日、プログラムの終了後すぐに子育てサークルが
立ち上がった。講座の本当の目的はここにあったのだ。
名簿には彼女の名前もあった。彼女は、柔らかく笑うようになっていた。
帰り際、手を振る子の瞳には、確かに温かさが灯っていたと思う。

2013年2月6日水曜日


いつもLiving in Peace(LIP)、ならびに教育プロジェクトの活動を支えてくださり、
ありがとうございます。

児童養護施設向け寄付プログラム「Chance Maker」説明会ご案内


LIP教育プロジェクトが月に一度開催する「Chance Maker(チャンスメーカー)アワー」、
毎回うれしいことにご好評をいただいており、2月も引き続き開催させていただきます。

「Chance Maker(チャンスメーカー) アワー」では、私たちが運営している
児童養護施設向け寄付プログラム「Chance Maker(チャンスメーカー)」について、
そして、パートタイムNPO(本業を持つメンバーで運営すNPO)の具体的な活動、
所属メンバーがLIPに入ったきっかけ等についてお話させていただきます。

寄付に関心を持ってくださっている方、
パートタイムNPOの活動にご興味のある方は、是非ご参加ください!

それ以外についても、少人数の会であることを活かし、当日はみなさまとの
質疑応答の時間を多く設けたいと考えています。





◆日時 : 2013年2月16日(土)16:10~17:00 (受付16:00~)
       希望者のみ17時より30分程度懇親会を予定しおります。

◆会場 :中目黒駅よりすぐ
            住所はお申込いただいた方に個別にご案内させていただきます。

◆定員 : 10名程度

◆参加費 : 無料

◆参加お申込フォームはこちら → http://bit.ly/XnYcfn 


皆さまのお申込みを、メンバー一同お待ちしております!

2013年2月2日土曜日



『青春漂流』(著:立花隆)の衝撃


もうずいぶん昔のことになるけれど、高校生くらいのときに読んだ、立花隆の『青春漂流』の印象は鮮烈だった。高校生の僕には聞いたことのない、もしくは知っていても気にも留めなかったような職業の人が、その人独自の生き方をするうちに、いつかその道の第一人者(もしくはただ一人のプレーヤー)になり、自分の人生を誇り高く歩む様が、生き生きと描かれていた。猿回し師の村崎太郎氏も、そんな若者たちのひとりとして登場していた。彼のエピソードは、ひときわ苦難に満ちたもので、本当に感動的だった。

さて、彼が猿に芸を仕込む方法をまったくのゼロから学ぶなかで、身につけないといけなかった技術が、「根切り」だった。手元に本がないので記憶をたよりに書くと、猿はとても賢いので人の命令を理解させるのはわりと簡単だが、100%その言う通りに従わせるのは、至難の業。そのため、猿の抵抗心を根こそぎ取り除くために行われる通過儀礼が、根切りである。根切りとは、要するに猿に対する徹底的な暴力のことで、それこそ半殺し、不具にする一歩手前まで追い込む。根切りがうまくいくと、これまでの苦労がウソのように従順に芸を覚えるのだそうだ。そのときまでの私は、テレビの人気者だったお猿の次郎くんのユーモラスな芸を無邪気に楽しんでいたので、この記述にはかなりショックを受けた。

大阪市立桜宮高校バスケットボール部の事件のことを考えていて、この「根切り」をふと思い出したのだ。バスケットボールのコーチングから猿の調教を連想できてしまうなんて、悪い冗談としかいえない。おぞましいし、腹がたつ。

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大阪市立桜宮高校バスケットボール部事件から学ぶべきこと


私が考えたいのは、この痛ましい事件から私たちが何を学ぶことができるか、ということである。テレビや新聞の報道にふれ、この教師に対する発作的な怒りを覚えながらも、同時に、この話題もきっとまもなく消費し尽くされて、その頃にはすべて何もなかったように忘れ去られるだろうという醒めた予感もある。でも、それではいけないとおもう。この事件から、私たちひとりひとりが自分のこととして得られる何かがないかぎり、私たちはニュースの消費者でしかなく、いじめの傍観者と大差ないのではないか。

今回の事件を自分のこととして捉えるのは、実はあまり難しくない。教師ではない人でも、勤務先で部下に教育を行っているならば、その立場は教師に通じるものがあるはずだ。また、父親又は母親として、自分の子どもに対する教育に日々取り組んでいる人も多い。私も、もうすぐ生まれる予定の我が子への教育を思い浮かべることができた。

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我が子に苦痛を与えるようなことは、決してしたくない


私が思ったのは、こういうことだ。教育のためであっても、体罰であれ言葉の暴力であれ、我が子に苦痛を与えるようなことは、決してしたくない。暴力によってではなく、言葉による説得を通じて、子どもが自発的に学ぶようにもっていくのが理想だ。自分の子どもには、共感力に優れている自律的な人間に育ってもらいたいからだ。仮に、バスケットボールの優秀なプレイヤーとしてインターハイで優秀な成績をおさめさせることができたとしても、猿回しの猿には決してなってほしくない。

愛情が拳骨にこもっていれば良いという考え方も一方にはあると思うが、それには同意できない。どんなに愛情がこもっていても、子どもが苦痛や恐怖を感じれば、それは虐待でしかない。児童養護施設に入所する子どもの過半数は親から虐待を受けているというが、彼らの親も、もしかしたら愛情をもって躾をしていたつもりなのかもしれない。それでも虐待は虐待で、許されることではないのだ。

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子育てについて、親の学びをサポートする仕組み


ただ、正直に言うと、自分の心に余裕がないとき、根気強く教えても全く効果がみえないとき、子どもがとても大きな過ちを犯したとき、手をあげることをこらえきれる自信は自分にもない。自分が父親になったとき、我が子にどんな教育をすればよいか、知識も経験も足りない。自分の親の世代から学べることも多くなさそうだ。そう考えると、自分の指導力に自信をもてない大人が、暴力と恐怖で武装してしまうのも、無理ないとも思える。

私は、教師から生徒だけではなく、親から子への体罰も、全面的に禁止するべきだと思う。民法で親に与えられている懲戒権は、廃止すべきだ。でも、世の中が変わるためには、それだけでは十分ではないと思う。叩かない子育てについて、親の学びをサポートする仕組みがもっとあってほしい。たとえば、スウェーデンでは30年も前に体罰が禁止されたらしいが、そこではどんな教育が行われたのか、どんな学びが得られるのか、詳しく知りたい。また、親同士が学び合うコミュニティも必要だと思う。

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 皆さんは、この事件からどんな学びを得ていますか?

“子どもの貧困”の現状と今後を考える「Chance Maker Hour」のご案内



私たちLiving in Peaceは、機会の平等を通じて、貧困の削減を目指す事業を運営する認定NPOです。この度、これまでに私たちが知りえた問題の現状と問題解決の仕組み、そしてその今後についてお話する機会「Chance Maker(チャンスメーカー) アワー」を企画しました。

Chance Maker(チャンスメーカー) アワー」では、いわゆる“子どもの貧困”の実態を踏まえたうえで、児童養護施設の現状や、私たちLIP教育プロジェクトが運営している事業内容、パートタイムNPO(他に本業を持つメンバーで運営されるNPO)の具体的な活動、所属メンバーがLIPに入ったきっかけ等についてお話させていただきます。

【こんな方の参加をお待ちしております】
  • “子どもの貧困”に関心のある方
  • 児童養護施設の現状に興味のある方
  • パートタイムNPOの活動に興味のある方
  • Living in Peaceの活動への参加に興味のある方
  • どんなメンバーが活動しているのかに興味のある方
上記以外についても、少人数の会であることを活かし、当日はみなさまとの質疑応答の時間を多く設けていますので、なんでも質問してみてください。

<開催概要>
◆日時:8月16日15:20-16:50 (受付開始時間:15:10)
 ※会場の都合上、受付開始時間後にお越しください。
◆場所:AT-Garage 東京都港区新橋6-18-3 中村ビル
   http://ow.ly/jEkMH
   http://www.facebook.com/atgaragepjt
   ※御成門が一番近いですが、新橋や浜松町/大門からのアクセスも良いです。
◆定員:10名程度
◆参加費:無料
◆参加申込フォームはこちら

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