2013年6月4日火曜日



NHKのプログラム「ハートネットTV」の5月の特集は、児童虐待でした。第1回の放送では、急増する児童虐待の通報と、児童の死亡事件などの悲劇を背景に、児童相談所が虐待への介入を強化していることが紹介されていました。

児童相談所での児童の一時保護


児童相談所が特に力を入れているのが、児童の一時保護です。「緊急介入班」というチームで職務にあたる職員の言葉が印象に残っています。

誰だってお子さんと引き離されるのは嫌ですけど
泣かれようが怒鳴り込まれようが
それは保護しない理由には全然ならない。

この発言が示唆することは、2つあります。児童相談所が最前線で子どもの命の危機に対処していること。そして、児童相談所が家庭との間で深刻な緊張関係に陥っていること。

私は、児童相談所と家庭の緊張関係に注目しました。同番組の後半では、大阪の児童相談所が提供している親子の再統合プログラムが紹介されていましたが、同事業は児童相談所単独では実施できず、外部のNPOの協力が必要とされていたことからも、児童相談所と家庭の間に適切な信頼関係が構築されていないことがうかがえました。

児童虐待の防止にせよ、子どもが健やかに成長できる家庭環境の実現にせよ、児童福祉の目的の達成にとって、児童相談所が父親・母親と寄り添える関係を築けないことは、深刻な問題をもたらします。また、介入の強化は、同時に虐待の誤認定によって家族を引き裂いてしまうおそれもあります。本エントリーでは、児童虐待への積極的な介入の問題点について考えてみたいと思います。



photo credit: Kalexanderson via photopin cc

児童虐待の誤認定


犯罪者が誰一人として野放しとされず、かつ冤罪もゼロ。そんな社会があったら理想的ですが、現実には難しいことが分かっています。

統計の用語では、ここでいう冤罪のことを「偽陽性」(第I種過誤)、犯罪者の野放し状態のことを「偽陰性」(第II種過誤)といいます。児童虐待の文脈でいえば、虐待の誤認定が偽陽性、救われることのない虐待が偽陰性ということになります。
  • 偽陽性:本当は陽性ではないのに、テスト結果が陽性となること
  • 偽陰性:本当は陰性ではないのに、テスト結果が陰性となること

さて、偽陽性又は偽陰性が発生する確率は、いくつかの仮定のもと、ベイズ推定という方法を用いて、数値としてはじき出すことができます。

精度99%という極めて質の高いテストを想定します。すなわち、
  • 「虐待あり」の場合、99%の確率で結果は正しく「陽性」となる。
  • 「虐待なし」の場合、99%の確率で結果は正しく「陰性」となる。

児童虐待の発生確率は0.3%と仮定します。児童養護施設で暮らす子どもの数(3万人)が18歳以下の人口(約2000万人)に占める比率が0.15%ですが、施設への送致までは至らないもしくは明るみに出ることのない虐待が同じ数だけあると仮定して、2倍の0.3%に設定します。

「虐待あり」という事象をA、「結果が陽性」という事象をBとすると、「結果が陽性」である場合における「虐待あり」の確率は、以下のとおり計算できます。


つまり、この数値例では、99%という高い精度で虐待の認定を行ったとしても、陽性の結果が出た100人のうち本当に虐待をしているのは23人だけで、残りの77人については実は虐待をしていないことになります。

このような驚くべき結果になるからくりは、児童虐待の発生比率の仮定にあります。この比率が極端に低いと、偽陽性が発生しやすくなります。もし児童虐待の発生比率が高くなれば、誤認定の割合はそれに応じて低くなります。上の計算について、児童虐待の発生比率を0.3%ではなく1%、3%、5%と仮定しなおすと、77人は、それぞれ、50人、25人、16人と減っていきます。しかし、このように児童虐待の発生比率について非現実的に高い仮定を置いた場合の試算結果も、子どもを取り上げられる親の立場からは受け入れがたいことには違いありません。

児童虐待への介入強化がもたらすもの


虐待を疑われる事例に児童相談所が積極的に介入することは、虐待死などの痛ましい事件を未然に防ぐ効果がありますが、他方で、救われる児童の人数に比例して、誤認定の被害者も増えます。この深刻なトレードオフを踏まえてもなお介入の強化が望ましい政策目標といえるのか、疑問が残ります。

相談件数の増加による児童相談所の処理能力への影響を考慮すると、さらに慎重に考える必要があります。相談件数の増加には、個々の案件にかけられる時間が短くなり人員が手薄になること、児童相談所の職員の総労働時間が長くなることによる効率の低下など、認定の精度へのネガティブな影響が予想されます。上記の計算例では99%としていた精度が、現実にはずっと低くなる可能性があります。

この予想を裏付けるデータもあります。厚生労働省の調査によれば、児童相談所における児童虐待相談対応件数は、平成21年度から平成22年度の1年間では、44,211件から56,384件へと約20%の増加でした。同じ期間の児童福祉士の数は2,477人から2,606人へ、たった5%しか増えていません(社会保障統計年報データベースの第268表を参照)。平成11年度からの長期間の数字をとっても同じ傾向で、相談対応件数は約4.8倍に増加しているのに対して、人員は約2.1倍にしか増えていません。このように、児童相談所の人員体制は相談件数の増加に十分に対応していません。

虐待から子どもを救うという役割の設定が児童相談所の職員のインセンティブに与える影響についても考える必要があります。虐待による児童の死亡事件のニュースが流れると、「児童相談所は何をしていたのか」という批判が必ずといってよいほど起こります。児童相談所は、「救えるはずの命が救えなかった」ということで責められます。他方、児童を誤って保護した場合には、家族以外から批判を受けることは稀でしょう。児童虐待を見逃すまいとするほど、間違えて児童虐待を認定してしまうリスクは高まります。子どもの命を救うことにフォーカスした目標の設定は、偽陰性を防ぐために偽陽性を許容するという誤ったインセンティブを招きやすいといえます。

児童虐待への望ましい取組みとは?


児童虐待の誤認定が避けられないことを念頭に置くと、緊急保護のような強力で大きな副作用を伴うものから、両親向けの子育て講座への参加の義務づけや継続監視の強化のような、より副作用の少ない措置にシフトさせていく必要があります。このアプローチには、誤認定の場合のダメージを軽減できるという消極的な理由だけではなく、より幅広く虐待の潜在的な可能性に対応できるというポジティブな面もあります。

たとえば人間ドックでは、現在の病気を見つけるだけではなく将来の発病の可能性を幅広く拾い上げるために、センサーの感度があえて低めに設定されています。コレステロールの値が高めだという診断結果は、実際にそれによって健康を害するより前に、本人が自覚を持って食生活などの生活習慣を改めて、自らの努力で健康を改善するきっかけを提供しています。人の健康が、本人の自覚と節制によって保たれる面が大きいのと同じように、家庭の問題にも、当事者の自覚と責任を促す方策がより望ましいと思います。

ただし、このような未然防止の取組みには、いかにして必要としている人たちに届けるかという課題があります。行政のサポートを必要とする人ほど、サポートが届かない場所にいるかもしれないからです。この問題についても、今後機会を見つけて考えてみたいと思います。

“子どもの貧困”の現状と今後を考える「Chance Maker Hour」のご案内



私たちLiving in Peaceは、機会の平等を通じて、貧困の削減を目指す事業を運営する認定NPOです。この度、これまでに私たちが知りえた問題の現状と問題解決の仕組み、そしてその今後についてお話する機会「Chance Maker(チャンスメーカー) アワー」を企画しました。

Chance Maker(チャンスメーカー) アワー」では、いわゆる“子どもの貧困”の実態を踏まえたうえで、児童養護施設の現状や、私たちLIP教育プロジェクトが運営している事業内容、パートタイムNPO(他に本業を持つメンバーで運営されるNPO)の具体的な活動、所属メンバーがLIPに入ったきっかけ等についてお話させていただきます。

【こんな方の参加をお待ちしております】
  • “子どもの貧困”に関心のある方
  • 児童養護施設の現状に興味のある方
  • パートタイムNPOの活動に興味のある方
  • Living in Peaceの活動への参加に興味のある方
  • どんなメンバーが活動しているのかに興味のある方
上記以外についても、少人数の会であることを活かし、当日はみなさまとの質疑応答の時間を多く設けていますので、なんでも質問してみてください。

<開催概要>
◆日時:8月16日15:20-16:50 (受付開始時間:15:10)
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2 件のコメント:

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